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鳴沙山

敦煌市の市街南方6kmにある鳴沙山は、もと神沙山。沙角山と言う。                米粒ほどの沙が積もって出来たものであると言う。鳴沙山は黄金に輝き、緞子のように柔らかく、東西約40km、南北20km、高さ250m。峰は高低起伏し、刀で削りとり、切り立つた様に険しい遠くから眺望すると非常に壮観で見るものを圧倒する。

砂檪が推積してできた砂山で、強風に舞う砂の音が管弦や太鼓のように響くと言う。遊覧客は沙山に登るのを好む、麓まで駱駝に乗るのが楽だ、ラクダの数、約百頭余り、往復一人30元。片道もあり観光客のため便宜を図ってくれるのが嬉しい。

早速、駱駝に乗る順番待ち。準備OK。乗ったまでは好いが、この駱駝、頗る機嫌が悪い。   『グワーッ。グワーッ』と首を上に下に振りまくる。この駱駝、体格が一等大きい。曳き手の親爺、業を煮やし曳き綱で顔と言わず首まで、ぶん殴る。一週間前買ったデジカメを落とすまいと必死に片手で握りしめる。駱駝に乗っている観光客、キャッキャッと笑い転げている。

解かった!夕べ敦煌市内で駱駝の瘤を食いに行ったのを思い出した。無理も無い。『背中に乗せてる変な奴。俺と同類の臭いをプンプンさせる。』と思ったんだろう。 歩くと約20分で麓まで辿り着く。山頂に登るのは容易ではない、一歩進めば半歩退く、麓から山頂まで縄梯子状の設備が3箇所ある。料金一人15元、この砂漠地帯は昼夜の温度差が激しい。

 

玉門関

敦煌でゴビ砂漠をすぎて北西で82kmぐらいには漢代の陽関と一緒にシルクロードの重要な関門役割をした玉門関がある。敦煌はインド、イランと通じる中国古代通路として玉門関と洋館はその通路の重要な鍵であった。昔には玉門関を越えるのを出塞すると言って万里の長城の外を塞外といった。玉門関は高さ10mの四方形で633平方メートルにまたがって玉門関に上がって遠く眺めれば漢代の古長城を見られる。伝説によれば昔、和氏という人が天下にない宝玉と言って王様に捧げたが石だと判明して右足を切られた。その後次の王様にも捧げたがまた石だと判明して右の足まで切られてしまう。次の王様の時は両脚失って山の麓で三日昼夜を泣いたがその誠意が王様の注意を引いて彼が持ってる石が天下にない宝玉であることが分かった。その石を磨いて彼の名前で命名したがこれが中国一有名の華氏壁である。この華氏壁は秦始皇が趙国に15城と交換しようとも提案した程に大事な宝物で見なされた。歴代の中国歴史小説に欠かせない中国一の宝物とされたが民国時代その姿を消し今でも行方不明になっている。

 

莫高窟

1899年に敦煌東南の莫高窟と呼ばれる窟穴より、六朝から北宋時代の古文書類、経典写本、図画などが大量に発見された。壁画の内容を大きく分けると仏僧画、仏の生涯を伝える絵、伝統的な神話?伝説の内容を絵にしたもの、経変画、仏教史跡画、装飾図案、供養者の7種類である。仏教をはじめ西方の文化が中国に伝わる上で重要な役割を果たした。敦煌莫高窟は荒涼たるゴビ砂漠に生まれた精巧かつ華麗な芸術で、建築、壁画、塑像の三者の結びつきにより構成されている。敦煌文化は中国西北部の各民族文化が融合したものであり、その中心となる中原の漢文化の儒家思想と道家思想をもとにして、西域近隣民族、中央アジア各国、インド、ペルシアの言語、文学、宗教、哲学、芸術の優れた要素を、大胆に吸収、融合し、さらには遙か遠くのギリシア、ローマの文化のほのかな影響をも受けている。敦煌莫高窟は,内部に保存された2400体以上の塑像と合計4500m2の壁画とともに,1987年に世界遺産に登録された。


月牙泉

明砂山中にある小さいオアシスこちらは砂山に囲まれたまま数千年の間に少しの間も水が乾かなかったという神秘な泉だ。三日月模様の泉と周辺に立っている木らが交わった風景は砂漠の中ではなかなか見られない素敵な景色である。


 

 

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